天職・適職、宿命的には刻まれています。

先日テレビで、「天職と思えるまで努力しろ」(正確には違ったかも?)という言葉を聞き、久々に“ハッ”とさせられました。

私は過去に様々な仕事をして、どれもそれなりに適当にベストな仕事ができるようにはなったモノの、その仕事の将来性を感じられず、流れ流され今の仕事にたどり着き、それなりに天職かも?とやっと感じられています。

でもまだまだ勉強途中、自分の一生をかけてこの仕事を追及していくつもりでいましたが、“天職と思えるまでの努力”を自ら実感できるようになるのは、もっともっと先だろうと思いました。

 

生まれた時に授かる、この世でどう生きるべきかを記された「種」。

大袈裟に言うと、肉体はこの世での物体として人間から遺伝されたもので、その中身の魂こそが「種」で、それは肉体の遺伝として受け取ったモノとは全く別。

ただ、その肉体の制限によって、「種」が生かせなかったり、咲き損ねたりという事は良くあります。

私は、その「種」と、それが今までどう育ち、その育ちを受けて「種」がどう伸びようとしているのかを総合して鑑定しています。

最近は、昭和の考え方をすり込まれた、令和の社会人が自分にとって「仕事」というものを、どう考えれば良いのか?悩んでいる方が本当に多いです。

そういう方を鑑定すると、大抵は適職に就いていませんし、天職を持っている事にも気付いていません。

「あなたのご両親が技術職であったら、あなたは天職を見つけていましたね」なんて話もザラで、「親が公務員なので、そんな事、考えもしませんでした…」なんて返されたり。

一度就職してから、大きな方向転換は難しいですし、まだ何に興味を持つのかも気付けていないので、さすがに宿命にある天職に転職するのは無理です。

ただ、迷いが生じた時に、“あなたの種の中にある天職”だけはお伝えします。

で、特に何もやりたい事が無いなら、未経験でも働ける、その天職の臭いが少しだけでもする業種にエントリーする事をオススメします。

ちょっとでも“気付け”ば、自然と楽しくなり、もっと知りたいと感じるはずですし、そういった内容に幼い時は興味があったけど、当たり前にその可能性を消してしまった、なんて人も多いので、行動さえする勇気があれば、すぐに今までのロスタイムは取り戻せます。

 

適職は、「努力しなくてもそれなりに出来てしまう仕事」

天職は、「適職に就けた事を自覚し、したい努力が報われる事を感じ、嬉しいと思える仕事」

どんな人にも「適職」はあります。

ただ、今までのすり込みによる常識のおかげで、適職に出会う為に不適職の経験を沢山重ねないと気付けない人もいます。

人それぞれですが、何か違和感を覚えているのであれば、まず、自分の種に刻まれている「適職」には気付くべきではないでしょうか?