人の悪口を言うと仲良くなれる⁉

女同士が仲良くなる切っ掛けに「人の悪口が合う」というのがあります。
この場合の悪口って本当の悪口だけでなく、些細な日常のネタも含まれる広い範囲になります。
例えば人気アイドルグループのファン同士、そのグループ内のメンバーで、好きなメンバーが一緒な事よりも、評価低めのメンバーが一緒だった方が変に話が盛り上がったりするのも悪口の共有。
もちろん愛があって、笑いながら話す内容でしょうし、そのグループのファンの中ではお決まりの会話かも知れません。でも低い評価をされたメンバーのファンは、その場では笑いながら会話に参加していたとしても、モヤっとした感覚を残す事になりますが、でもそういった話にも一緒に参加しないと“仲良く”してもらえないので、その“モヤっと”を心の奥にしまい込む癖をつけます。
これは人間(特にメスとして)の性なんでしょうね、小学校という他人との団体生活を強いられた途端、居場所を確保する為の手段として自然と、同じ悪口を共有するグループを見つけようとしていく。
その悪口が有名な人や芸能人ならまだ良い?ですが、それが学校の先生になったり、クラスメイトになってくると、イジメに発展する。
だから、イジメはもちろん、SNSでの誹謗中傷もなくなる訳がありません。
そんな「人の悪口」。ある程度は人の成長に必要な部分なので仕方ないですが、それでもコレはないだろうと本気でガッカリするのが、お年寄りの悪口。特に60代以上の女性に多い、とりあえずそこにいない人の悪口を言う。さっきまで一緒だった人もいなくなれば悪口を言う。その悪口には悪意がなさそうに聞こえるモノもあるが、そもそも本人のいないところで話した段階で陰口で悪口。
女性が3人集まれば少なからずこの現象は起きてくるのですが、年齢を重ねたからなのか、そういう時代に生きてきたからなのか、本当にそういう人の確立が高い。
同じような話だと、男性の男女差別やセクハラ発言などのコンプライアンス問題も、悪意なくやっちゃってるのが同じような世代の人に多いように感じるので、やっぱり世代なんですかね…
そう考えると、先日の選挙で伸びた政党の共通点が「他党の悪口を言わなかった」というのも納得です。やっぱり時代は完全に変わっていて、戦後の日本を支えた考え方では通用しない時代がやってきたと思うべきだと感じます。
私は2か月に1度くらい、そういった60歳以上の人の団体に参加する機会があります。
その時は、自分が小学生くらいの頃、親戚が集まって井戸端会議をしているのを退屈に思っていた程度の事と割り切って対応するように努めていますが、この現象ってきっと今の日本の現実ですよね。
という事は、日々の生活でこういう悪口を当てられている中高年世代がいると想像すると、老害による精神的損失って計り知れないのではないか?とこれから先の日本人の心が心配になってきます。
私の周りにはあまり年長者がいませんが、人の悪口を言う人自体もいないので、そういった部分で心を乱される事が殆どありません。
なので、若い時はそれなりに人を傷つけたり、傷つけられたりしても、ある程度年齢を重ねたら丸くなる(許せる)のだと思っていましたが、それは本当に戦争を知っているような昔のお年寄りで、今の高齢者に【お年寄り=許す心を持っている】を当てはめようとすると、ものすごく減ってしまったのかも知れませんね。(その分素敵なお年寄りは本当に目立ちます)
今の世の中、年齢を重ねてもチャレンジできたり、熱中できたりするものを探せます。
なので、わざわざ悪口を共有しなくても、楽しいの共有で充分仲良くできるし、楽しいを共有できる仲になれば、悲しみの共有もしあえる。
もう悪口じゃないと繋がれないほど、低い次元を生きなくて良い、戦う必要のない時代になったのですから、今、時代の狭間にいて心の置き所に迷ってしまっている人がいるなら、そんな過去の関係に依存せず、精神的に切る勇気を持ってもらいたいです。

