恋愛弱者って?
恋愛弱者…、正確にはどういう意味なのだろう?と思って調べてみたのですが、これって弱者なのでしょうか?
まず、恋愛弱者という段階で、「恋愛」が問題ですよね。
結婚してもらえない弱者がいるのは分かります。
それは結婚は「金」があればその気になれるから、少々問題があっても、相手に金があれば、自分の心に言い訳できるし、何なら“愛”は別腹って事もあるのが現実。
だから「愛」しかなくて暴走できるのは“若気の至り”とした場合、ある程度社会経験があって「結婚してもらえない弱者」は存在するのは理解できるし、もし大好きで“まだすぐは無理だけど”って未来を考えている人が恋人に“それ”を言われてフラれたらさぞかし悔しいだろうな…と思う。
でも、恋愛弱者はちょっと違わない?
だって、コンプレックスが原因で行動できない、恋愛できない事を「恋愛弱者」っていい訳にしている人が多いだけと思えるから。
例え自称デブでもブスでも、清潔にして無難に常識的な恰好をしていれば、あとは練習でどうにかなります!
でも、恋愛弱者を語る人に「清潔にして無難に常識的な恰好」をしない人が多いように感じます。
なぜ?です。
あ、もし自称デブでブスで、でも清潔にして無難な常識的な恰好をしているのに不器用な人は、ただ成功体験が無いだけ。ちゃんとトレーニングを受ければ簡単に自分のベストに気付けますし、一期一会の人ほどそんなあなたに興味がある人が集まりやすいので、アプリや飲み屋(できればおばちゃんママのいるようなスナック)で指導を受けるべき。そのはじめの一歩が出来たらすぐにモテ期が来ます!
もちろん、色々な身体的事情があって、そうもできない人はいるでしょう。
でも、それ自体がコンプレックスになっていた恋愛できないのは当たり前。同じ悩みを持つコミュニティーでまずは自分の存在を前向きに考えられるようになるべきです。
ってか、そういう事を言いたいんじゃなくて、恋愛弱者って、本当は恋しなくても良いのでは?って事。
恋できないのが異常じゃないし、恋したかったら片思いでも2次元でもアイドルでも、いくらでも恋はできるし、恋する気持ちを味わう事はできるはず。
なのに「恋愛弱者」って、恋してる人が、恋人ができない人をまるでバカにしたように接するから、その為の言い訳の為の単語として登場したようにしか考えられない。
恋ってただの欲求で、「めちゃくちゃおいしそうなものを、そこまでして食べたいか?」のバランスと一緒。
100万円のワインを飲みたいか?と言われて、そこに意味を感じる人は100万をどうにか用意するし、旬に地元でしか食べられない幻の料理がどうしても食べたくて必至にコネを作ろうとするだろうし、いやどんなイタリアンより地元の喫茶店の安いナポリタンが好き!って人もいる。
これはコレ、それはそれ、が欲望ってもの。
恋愛も基本は欲望。この欲望の先に、自分にとって何が大事で、何なら諦めても良いか?が理解できた時に「結婚」って発生するべきだと私は思っています。
恋愛なんてする方が面倒って感じている方が、恋愛弱者気取っている、清潔感のないコンプレックス陰キャより全然魅力的。
もし、本当にコンプレックスに押しつぶされてどうしようもない“恋愛弱者”にされている人がいたら、もう恋をしたい雰囲気出すのをやめて「恋しません!」と大声で宣言する事からはじめて欲しいです。