誕生日って本当は怖い…
占いには色々な種類があります。
私は主に、誕生日や生まれた時間などを使って鑑定をします。
実際、この方法で鑑定をするようになってからは、誕生日時でかなり視える事に気付いたので“そう”は思いませんが、占いを仕事にする前までは、
「同じ年に生まれた日とか、同じ日に生まれただけで同じ占い結果という事がインチキな証拠だ!」
とか
「〇〇座はこんな人だよね~とか決めつける奴、マジイラつく」
とか
「(占い本で)他のページ読んでも言い方違うだけで誰でもそうそうって感じるような内容じゃん!」
とか…
何しろ誕生日での占いをボロカスに思っていました。
でもまぁ、そんな文句が言える程、学生時代は雑誌の占い特集を見つけては読んでいたという事ですが(笑)
ただ、この頃ってまだ星座占いのようにザックリ別れているものしかなくて、大嫌いな子と同じ星座で結果が一緒なのが嫌とか、学年ごとで同じ占い結果になったりで、どう考えても違う感覚の人なのに同じ性格な訳ない、という思いから誕生日の占いに対して反発していたんだと思います。
なので、そんな「占いはインチキ、信じない派」の人の気持ちはめちゃくちゃ分かります。
でも、誕生日や生まれた時間を使った鑑定は本当にバカにできません。
ただ、その誕生日の人に合う「マニュアル通りの鑑定」は当たりません。
あくまでも、「その日に生まれたあなたがどうなのか?」を視て鑑定しないと当たりません。
私は視ないと断言ができません。
誕生日を使っているからこそ断言したいので、そこに「相」を加えて「今のあなた」で鑑定をします。
そして、本来のその人の「今世の生き方」に向かって素直に成長できているかどうか?に注目します。
ひまわりの種はひまわりを咲かす為にその命を授かります。
人にも“その日”に生まれた人の役割があります。
そして、その役割を果たす為に備わった才能を開花させることができれば当たり前に幸せに、それができなければ単純に枯れ果てるだけです。
だから、同級生と競っても、周りの人と競っても何の意味もありません。
もし生き方や結果に勝ち負けがあるなら、自分のライバルは、同じ宿命を受けて生まれた「同じ誕生日」の人という事が理解できると、誕生日の占いの本質に気付けるかも知れません。