「最強の運勢」での決断

有名人の事件事故などが起きると、職業柄どうしても分析してしまいます。
最近は本人だけでなく、その家族や家庭環境等も合わせて分析できる事件が多いのもあって、本人だけではない、育った環境や、生活環境の変化からアンバランスが生じている事なども想像できてしまいます。

人は1人では生まれてきませんし、1人で生きてもいません。
無人島で1人きりでない限り、どんなに孤独になろうとしても、誰かの力を借りて生きています。だから自分の人生は必ずまわりまわって誰かの力にもなっています。
小さな存在だったとしても、自分の命は自分だけの所有物ではありません。
「なぜ生きているのか?」を正しく答えられる人はいないはずです。
なぜなら、その命は“誰かの為に生かされている【借り物】”だから。

だから、誰も故意に終わらせてはいけない。
自分の命も他人の命も、故意にその命を終わらせる事の罪は同じになってしまうという事を、心のどこかに持っていて欲しいと思います。

過去にもこんな感じの人がいたのを思い出して、今日は「最強の運勢」についてお話しします。

人には持って生まれた宿命というDNAみたいなモノがあり、そのDNAは一生変わらず、それをどのサイクルで運用する予定か?という運勢までは決められています。

なので、人によっては一生のサイクルでそのDNAが、その力量をオーバーして発揮されてしまう「最強の運勢」を迎える年というのも発生する場合もあります。
色々な偶然が重なって“その年”が発生し、なおかつその運勢が発揮できるような生き方をしていた場合は、奇跡のビッグウェーブが訪れ、自分の理想とする形を築きあげる事ができます。

ただ、こういう運勢の時に“ちゃんと”その意味を理解できていないと、ビッグウェーブに乗るイメージは完璧に出来ているのに、それに乗れない自分を知る事にもなり、最強の運勢のおかげで絶望を知る「最恐の運勢」に暗転しやすくなります。

もちろん、この方程式は、そこに至るまでの選択や、身近な人の運勢の影響もあるので単純な話ではありません。

最強の運勢とまで行かなくても、本当に良い運勢の時に限って問題が起きる事は多く、その殆どが、どこかで生まれ変わらないと、人生がもっとおかしくなってしまう状態になっている時で、悪事が発覚して生き方を考え直さなくてはいけなくなったりします。
まさに「塞翁が馬」の極致、そこまで道を外れていたからこそ起きる“奇跡の修復”、大きなチャンスをもらえたと考えるべきでしょう。

故意に命を絶つ事は、結果として、その子供に影響を与えます。
また、宿命によっては(故意ではなく)誰かの身代わりに亡くなる親族が出てくる事も多いです。
なので、子供の宿命を視て、その死がどう影響する可能性が高いか?も予測する事ができます。

自分の命を誰かに繋いだのであば、せめてその先への影響も考えて欲しい。
そして、その先の子のもっと先にも、その死の影響は出てしまいます。

自分を愛せなくなったとしても、そんなあなたを愛してくれている【存在】は必ずあります。
だからあなたは生きているんです。